難波清先生からのメッセージ

乳腺・乳がんセンター 難波 清 先生から、皆様へのメッセージです。

メッセージ

難波 清 先生から皆様へのメッセージ

難波 清 先生 プロフィール

難波 清 先生

難波清乳がんコンサルティング代表 難波 清 先生

  • 昭和23年 宮崎県宮崎市生まれ
  • 昭和43年 慈恵医科大学入学
  • 昭和43年から47年 米国留学
  • 昭和51年 千葉大学医学部入学
  • 昭和57年 宮崎医科大学皮膚科、第一外科在籍
  • 昭和60年10月から 財団法人癌研究会付属病院・癌研究所にて乳がんの臨床と病理を研鑽、世界初の「乳管内視鏡」を開発
  • 平成3年6月8日 乳腺疾患専門「ブレストピアなんば外科」開院
  • 平成7年4月20日 医療法人ブレストピア設立
  • 平成8年6月 ブレストピアなんば病院として新築移転
  • 平成21年3月 「難波清乳がんコンサルティング」設立
  • 平成21年7月より北斗クリニックにて「乳腺専門外来」開始

「乳がんから生命と乳房を守りたい」―理想的な乳腺医療を目指して―

私のライフワークは、「女性にとって最も理想的なヘルスケア・システムを構築すること」です。
女性は家庭の健康管理の司令塔です。女性がしっかりしてはじめて家庭が健康になり、地域全体が健康になっていきます。そんな大事な女性の最大の恐怖が、急速に増加し続け、日本人女性のがんの中で一番多く、30歳代から50歳代のもっとも重要な年代を中心に襲う『乳がん』なのです。
1991年に日本で草分けと評される民間の乳腺専門医療機関である「ブレストピアなんば病院」(宮崎市)を創設し、発展させた経験を生かして、新たな時代へ向けて未来志向の乳腺専門医療部門を育むことが私の夢です。
「乳がんから生命と乳房を守る」ことを目標に、チーム全員一丸となって、患者様、ご家族にとってもっとも理想的な乳腺医療を目指していきます。

ライフワーク「女性にとって最も理想的なヘルスケア・システムを構築すること」の実現に向けて

簡単に、履歴を紹介します。
私は昭和23年宮崎市生まれで18歳まで郷里で過ごしました。その後は一旦、東京慈恵会医科大学に入学しましたが、学生紛争の最中で、大学は開店休業の状態でした。20歳の頃、慈恵医大を中退し、中学時代からあこがれていた米国の大学に入学しました。このきっかけになった書は、平成20年に亡くなった小田実氏の「何でもみてやろう」と堀江謙一氏の「太平洋ひとりぼっち」でした。

いろいろな経験をした後、帰国し、27歳で千葉大学医学部に入学し、33歳で卒業。その後、都会より広々してゆっくりした環境を好み、郷里の宮崎に帰り、宮崎医科大学(現在は宮崎大学医学部)に入局しました。 教授に惚れこんで皮膚科を少しかじりましたが、以前から憧れていた外科に移りました。そこでの乳がん患者さん達との出会いがきっかけで、乳がんを専門にすることを決意し、東京の財団法人癌研究会付属病院(癌研病院)と癌研究所(癌研)で乳癌の臨床すべてと乳癌の病理学(顕微鏡で癌を診断したり研究する分野)を4年間、必死で勉強しました。癌研では、世界初の乳管内視鏡を開発しました。

その後、宮崎に戻り、しばらくして、1991年に宮崎市に小さな「ブレストピアなんば外科」という乳腺専門の有床診療所を開院。患者さんが溢れてしまうようになり、その5年後に「ブレストピアなんば病院」(34床)と「ブレストピア婦人科クリニック」を開設しました。そんな中もっと早く乳がんを発見し、正しく診断、治療をすれば、もっと多くの生命と乳房を救うことができるということを、多くの患者さん達が教えてくれました。そしてそういう早い乳がんを『超』早期乳がんと名づけ、その発見と診断治療に全身を注ぐようになりました。

その結果として、超音波検査とマンモグラフィの併用検診(医師による視触診を省く)と医師による見落としを未然に防ぐコンピュータ支援診断装置(CAD)と血液の混じった乳頭からの分泌の診断技術、乳房を切らずに診断をする針生検装置、乳房を傷付けずに乳癌だけを焼き殺すMRガイド下集束超音波手術などの開発や進歩をリードしてきました。
『超』早期発見のため、現在6台の検診バス(マンモバスと名付けました)が、マンモグラフィと超音波検査装置を搭載して北海道から沖縄まで1年を通して回っています。帯広でも見かけたという話を聞きました。

私が乳がんに取り組み始めた頃から急激に増えた原因は、女性の生活様式の変化や食生活の欧米化によると言われています。その結果、女性ホルモンの動態が大きく変化して、その刺激で乳がんが増えているようです。そう考えると、乳がんの多くは、生活習慣病とも考えられます。
最近は、女性の生活様式や食生活などを見直したり、閉経前後から後の女性の人生を健康で、美しく、楽しくするようなことで乳がんを減らすことができると確信してきました。また骨粗鬆症や肥満などの問題もコントロールすることが重要だと思っています。
家庭の健康管理の司令塔である女性を幸せにしたい。そうすれば、家庭が幸せになり、地域も元気になるという信念を持つようになりました。
私の力は本当に微力ですが、十勝および道東の皆様の力が結集すれば、すばらしいことが起こせるはずです。そんな思いで診療をおこなってまいりますので、ご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

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